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東京地方裁判所 昭和34年(行)21号 判決 1963年6月27日

原告 大畠謙一 外一名

被告 建設大臣・東京都収用委員会

訴訟代理人 板井俊雄 外四名

主文

原告らの被告建設大臣に対する請求および被告東京都収用委員会に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告らの申立

(一)  被告建設大臣と原告らとの間で、被告建設大臣が昭和三三年三月三日建設省東計第三二号をもつてなした、昭和三〇年建設省告示第一、二六七号をもつて都市計画事業の決定のあつた東京都市計画街路補助二六号線に使用するため原告大畠謙一所有の品川区大井権現町三、九四六番の九宅地二四坪七合二勺のうち一四坪〇合三勺を収用する旨の裁定は、無効であることを確認する。

(二)  被告東京都収用委員会と原告らとの間で、被告東京都収用委員会が昭和三三年三月二〇日同年第一号をもつてなした、原告大畠謙一に対し三〇七、二五七円、原告大畠き恵に対して一、〇七一、一四五円の各損失補償をする旨の裁決は、無効であることを確認する。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告建設大臣の申立

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

三、被告東京都収用委員会の申立

本案前の申立として

(一)  原告らの本件訴を却下する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

本案についての申立として

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、原告らの主張

一、原告大畠謙一(以下単に原告謙一という。)は、品川区大井権現町三、九四六番の九宅地二四坪七合二勺を、原告謙一の妻原告大畠き恵(以下単に原告き恵という。)は右土地の借地人として同地上に家屋番号同町三、九四六番の三木造杉皮葺(実際は亜鉛ルーフイング交葺)平家建店舗一棟建坪二〇坪五合(以下本件建物という。)をそれぞれ所有していた。

二、訴外東京都知事は、昭和三〇年一一月七日同年建設省告示第一、二六七号により都市計画事業の決定のあつた東京都市計画街路補助第二六号線事業(以下単に本件事業という。)の事業執行者として(以下において事業執行者たる東京都知事を単に事業執行者という。)、同事業を執行するにつき原告謙一所有の前記土地の一部が必要であるとして必要部分の任意譲渡および同地上に存する原告き恵所有の本件建物の移転等について原告らとの交渉を重ねる一方、土地収用法に基く収用手続を進め、昭和三二年七月二三日同法第三三条に規定する土地細目の公告手続を終たうえ、同法第四〇条により土地所有者たる原告謙一および関係人たる原告き恵らと協議をくりかえした。その結果、後記のように協議は成立した。しかるに、事業執行者は、協議が調わないとして、昭和三二年一二月二三日、都市計画法第二〇条第一項により、主務大臣たる被告建設大臣に対し、土地収用の区域、時期についての裁定を求め、また同月二五日、同条第三項、土地収用法第四二条の規定により、被告東京都収用委員会に対し、右収用に伴う損失補償についての裁決を求めた。そして、この裁定および裁決の申請に対し、被告建設大臣は、昭和三三年三月三日、建設省東計第三二号をもつて、原告謙一所有の前記土地のうち北側奥行四間六七七の部分(以下本件土地という。)を、面積一四坪〇合三勺として、本件事業の用に供する土地として収用するものとし、かつ、収用の時期を東京都収用委員会による損失補償についての裁決の日から一五日とする旨の裁定(以下単に本件裁定という。)をなし、また被告東京都収用委員会は、昭和三三年三月二〇日、同年第一号をもつて、右土地収用に伴う損失補償金を、原告謙一に対しては三〇七、二五七円、原告き恵に対しては一、〇七一、一四五円とする旨の裁決(以下単に本件裁決という。)をした。

三、しかしながら、本件裁定および裁決は、次に述べるように、重大かつ明白なかしがあるから、無効な行政処分である。

(一)  まず、本件裁定および裁決は、事業執行者と原告らとの間に土地収用法第四〇条の協議が成立していたのに事業執行者がこれを不調であるとしてなした裁定および裁決の申請に基づいてなされた点で重大明白なかしがある。すなわち、

(1) 本件事業に必要な土地の範囲および補償金等については、すでに昭和三〇年二月一六日、事業執行者から(イ)前記土地二四坪七合二勺のうち本件土地を一四坪〇合三勺とし、一坪につき五二、〇〇〇円の計算で七二九、五六〇円(ロ)本件建物移転等に伴う損失補償金として建坪一坪につき一三、〇〇〇円の計算で二六六、五〇〇円(ハ)看板下水管移転料として四、〇〇〇円(ニ)その他通常損失として三三、一五六円、以上合計一、〇三三、二一六円をもつて本件土地の譲渡および本件建物移転を原告らに求めてきた。

しかしながら、譲渡を求められた本件土地の面積が一四坪〇合三勺となつているのは、前記原告所有の土地一筆全部の面積を実測二四坪(間口三間奥行八間)としているためであると考えられるが、前記のとおり一筆全部の実面積は二四坪七合二勺(間口三間九厘奥行八間)であるから実際には事業執行者より本件土地面積として提示された一四坪〇合三勺よりも四合二勺余多い(すなわち、本件土地の奥行は前記奥行八間より残地の奥行三・三二三間を差し引いた四・六七七間であるから実際の間口を三間九厘とすると〇・四二〇九坪余多い計算になる。)一四坪四合五勺余を譲渡せざるを得なくなることおよび本件建物には原告き恵が莫大な資金を投じてパチンコ営業の設備をして他に賃貸しているにかかわらず、事業執行者よりの右の提案には造作料、賃貸料がなんら考慮されていないことなどから、原告らとしては到底応じられない旨、事業執行者の機関である東京都第二建設事務所長に伝えたところ、同所長は考慮する旨約した。

(2) その後昭和三一年二月末ごろ事業執行者側から前記造作、賃貸料の補償として五〇〇、〇〇〇円とガス、水道管各一本の費用として三六、〇〇〇円、合計五三六、〇〇〇円を前記一、〇三三、二一六円に追加する旨提示があつたので、原告はこれを了承した。この結果、補償金額の合計は前記土地面積の相違分を別として一、五六九、二一六円となつた。

(3) かくするうち、事業執行者が本件において買い取る物件の価格について第一次査定をしてから、約三年の時日が経過し、その間に貨幣価値の下落、物価の値上りが生じた。そこで、事業執行者は、物件価格の再査定をし、昭和三二年七、八月ころ、その職員を原告ら方に派し、本件土地についての対価を一坪当り八〇、六一二円として計一、一三〇、九八六円、本件建物についての対価を建坪坪当り一八、〇〇〇円として三六九、〇〇〇円に査定した旨再査定の結果を原告らに告げたので、原告らもこれを了承した。その結果、土地面積の相違分は別として、本件土地、建物についての対価(補償額)は一、四九九、九八六円となり、前記追加補償金五〇〇、〇〇〇円およびガス、水道管代金三六、〇〇〇円とあわせ、原告らに対し支払わるべき収用物件の対価の総額は二、〇七三、一四二円となつた。このように、土地面積の相違に関する点は別として、収用の目的物ならびに対価について当事者間に協議が調つたのである。

(4) ところが、昭和三二年一〇月ころ事業執行者は東京都建設局建設部長佐藤九郎を通じ、本件土地の面積の相違分と水道、ガス工事の点を除き、一切の補償金を合計して二、〇〇〇、〇〇〇円にしてもらいたい旨原告らに申し入れてきたので、原告らも問題の早期解決のためやむを得ないとして右申し入れを了承し、ここに事業執行者と原告らとの間には次のような内容の協議が成立するに至つた。

(イ) 収用土地面積は一応一四坪〇合三勺とし、その収用対価その他一切の損失補償金を二、〇〇〇、〇〇〇円とすること。

(ロ) 原告ら主張の土地面積の増加分については、後に調査したうえ一坪につき八〇、六一二円の割合で東京都が補償すること。

(ハ) ガス管と水道管各一本あてを本件建物移転後に東京都の費用で設置すること。

(5) しかるに、その後右補償金の支払がないので、原告らが催促したところ、事業執行者は、財務局がなんとしても承諾しないので、一、七七〇、〇〇〇円に減額してもらいたいといい出した。そこで、原告らがこれを拒絶したところ、事業執行者は、協議が成立しないものとして、前記のように本件裁定ならびに裁決を求めるに至つたのである。

(二)  かりに、協議が成立したとはいえないとしても、本件裁定および裁決は、事業執行者が本件土地の面積であるとする一四坪〇合三勺は真実と相違するから面積を訂正ないし再調査してほしい旨の原告謙一の前記任意譲渡交渉の段階からの要求および本件土地収用に関して作成された土地調書中本件土地面積の記載についての土地収用法第三八条但書による原告謙一の異議申立を顧みることなく漫然と事業執行者がなした裁定および裁決申請に基づくものである点に重大かつ明白なかしがある。すなわち、

原告謙一は、すでに昭和三〇年五月頃から事業執行者に対し、本件土地面積は一四坪〇合三勺ではなくて一四坪四合五勺余である旨面積の訂正ないし再調査方を申し入れ、更に本件土地収用に関して作成された土地調書に本件土地の面積として記載された一四坪〇合三勺が真実に反することを立証して異議を申し立てた。このような場合、事業執行者としては当然再調査等をすべきにかかわらず、なんらなすところなく本件裁定および裁決の申請をし、右申請に基づき本件裁定および裁決がなされたのである。

(三)  かりに右主張が理由がないとしても、本件裁決は、原告らが被告東京都収用委員会に対し、土地収用法第三八条但書に基づいて本件土地面積が真実に反することを立証して異議を述べたにかかわらず、同被告がなんらなすところなく、漫然裁決した点に重大かつ明白なかしがある。

(四)  かりに以上の主張がすべて理由がないとしても、前記のように本件裁定による収用土地面積が真実に反することは明らかであるし、本件裁決も真実に反する土地面積についてなされたものであるから、本件裁定および裁決はこの点で重大かつ明白なかしがある。

四、よつて、本件裁定および裁決の無効確認を求める。

五、被告東京都収用委員会の本案前の主張に対し

(一)  土地収用法第一三三条第一項の損失補償に関する訴は、もつぱら損失補償額が失当であることのみを理由としてその変更を求める訴であるのに対し、被告東京都収用委員会に対する本件訴は本件裁決の無効確認を求めるもので損失補償に関する訴には含まれないから、同条第三項の適用がないことは明らかである。したがつて、本件裁決をした行政庁である被告東京都収用委員会に対し本件裁決の無効確認を求めても被告東京都収用委員会に被告適格がないということはできない。

(二)  本件裁決の無効確認を求める訴について原告らが訴の利益を有しないとの主張は争う。

第三、被告らの主張

一、被告東京都収用委員会の本案前の主張

(一)  被告東京都収用委員会には被告適格がない。

第一に本件訴のように収用委員会の損失補償についての裁決の無効確認を求める訴は、土地収用法第一三三条第一項にいう損失補償に関する訴であり、同条第三項により起業者でない被告東京都収用委員会には被告適格がない。収用委員会の裁決に対しては、その裁決の違法一般を請求原因とする単一の訴のみが損失補償に関する訴として許され、個々の違法事由ごとに別異の訴が成立しうるものではない。したがつてその違法が損失補償額の失当にあるか、裁決申請の不法にあるか、はたまた事実誤認、審理不尽にあるかは、単に請求を理由あらしめる事実にすぎないところ、原告は本件訴により要するに損失補償についての裁決の違法無効を主張しているのであるから、本件訴が損失補償に関する訴に該当することは明らかである。

またかりに行政処分の無効確認を求める訴の本質が当事者訴訟であるとするならば、訴の被告は当然に行政主体たる国であるべきであつて、処分庁たる収用委員会を被告とすることは許されないものである。

(二)  原告らは本件裁決の無効確認を求める訴の利益を有しない。すなわち収用委員会が却下の裁決をすべきであるのに、誤つて損失補償額について裁決したからといつて、それにより原告らの権利は侵害されたことにならないし、また裁決の無効確認を求めることによつて原告らはなんらの利益をうけることもないのである。

二、被告らの本案についての答弁

(一)  原告らの主張一の事実は認める。但し宅地二四坪七合二勺とあるのは、土地台帳上の地積であつて、実測面積は二四坪である。

(二)  原告らの主張二の事実は協議が成立したとの点を除き認める。

(三)  原告らの主張三に対し

(一)の(1)の事実中、本件土地の面積が一四坪〇合三勺ではなく一四坪四合五勺余であることは否認するが、その余の事実は認める。

(2)の事実中、事業執行者が追加補償額を提示したことは認めるが、その時期は昭和三一年二月末ころではなく、同年一二月ころであり、また補償金額は個々の補償項目を問題にせず一括して五〇万円を追加し、かつ、その当時原告き恵の本件建物内に居住していた訴外森田寛美を原告らの責任において立ちのかせることを含めて一切の問題を解決するという趣旨のものであつた。すなわち昭和三〇年二月一六日事業執行者が原告らに対し、相当の対価を示して本件土地の譲渡と本件建物の移転方を求めた際に、本件建物には訴外山田月美が居住していたので、同人に対しても相当な対価を提示して建物よりの立ちのき方を求めたところ、同人は同年二月二〇日これを承諾し、同年三月九日本件建物より立ちのくに至つた。そこで事業執行者は引き続いて原告らと前記交渉を進めていたところ、原告き恵は右山田が退去したあとに今度は前記森田寛美を居住させるに至つた。しかし事業執行者としては再度立ちのき補償料を出すことはできないので、原告らの責任において森田を立ちのかせるよう要求するとともに、交渉を円満に進めるため退去させるのに必要な費用は原告らに対する補償金においてこれを考慮するという趣旨を含めて前記追加補償額を提示したのであるが、原告らのうけいれるところとならなかつたのである。

(3)の事実中、原告ら主張のような事情で再査定したこと、事業執行者方職員が昭和三二年九月ころ(七、八月ころではない。)原告ら方を訪れて本件土地、建物を再査定した結果を原告らに告げたことは認めるが、その余の事実は否認する。同職員は、再査定の結果、補償金の合計額として一、五五〇、〇〇〇円を出すから承諾してくれるよう申し入れたが、原告らは右金額に前記追加補償金五〇〇、〇〇〇円を加えた金額を補償してくれるなら承諾すると主張して譲らず合意に至らなかつたのである。

(4)の事実中、昭和三二年一〇月ころ佐藤部長らと原告らとの間に本件土地収用問題についての交渉があつたことは認めるがその余の事実は否認する。原告らは本件土地の実際の面積について、事業執行者との間に争いがあると主張しながら他方において協議が成立したと主張するが、被収用土地面積について争いがある以上、被収用土地に対する補償金額についても争いがあつたというべく、したがつて両者の間に協議は成立していなかつたというべきである。かりに原告ら主張のように被収用土地面積の争いに関する解決を留保したまま被収用土地面積の確定に応じてそれに対する補償額が自動的に確定するという趣旨の協議が成立したとしても、被収用土地面積についての争いが遂に解決されず、結局裁定および裁決申請をするほかない場合が生ずるであろうし、また内容が不確定のため協議の確認(土地収用法第一一六条―第一二一条)をうけることも執行力(同法第九八条、第九九条)をうることもできないから、土地収用法第四一条にいう「協議」が成立したということはできない。

(5)の事実中、補償金の支払がなく原告らが二、〇〇〇、〇〇〇円の支払催促をしたこと、事業執行者が一、七七〇、〇〇〇円を提示したが原告らの拒絶にあつたこと、協議不調として本件裁定および裁決の申請をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、原告らはあくまで二、〇〇〇、〇〇〇円の対価を支払うよう要求して譲らないので、事業執行者は昭和三二年一一月ころ一歩譲歩して一、七七〇、〇〇〇円でまとめるよう求めたが、原告らはこれをも拒絶し遂に妥協がつかなかつた。そこで事業執行者は、原告らに対し、いずれも昭和三二年一一月二九日付(翌三〇日到達)の協議書をもつて、原告謙一に対しては本件土地一四坪〇合三勺を補償金額三〇七、二五七円で売り渡されたい、原告き恵に対しては借地権消滅補償を含め補償金額一、〇七一、一四五円で移転されたい旨を各人において一二月一〇日まで回答されたい旨をつけ加えて、申し入れたが、原告謙一は土地測量をやり直してくれない限り協議に応じられない旨回答し、原告き恵はなんらの回答もしなかつた。

右のような次第で事業執行者は協議不調と認めて本件裁定および裁決の申請をしたのである。なお、裁決による補償金額が前記一、七七〇、〇〇〇円より減少したのは、原告らに対する裁決においては前記森田寛美に対する立退料を考慮する必要がなかつたからである。

(二)の主張中原告謙一は、事業執行者に対し、昭和三〇年五月ころから本件土地面積は一四坪〇合三勺ではなくて一四坪四合五勺余である旨土地面積の訂正ないし再調査方を申し入れ、更に本件土地収用に際して作成された土地調書に本件土地の面積として記載された一四坪〇合三勺が真実に反するとして異議を申し立てたが、事業執行者は右申立を容れず本件裁定および裁決の申請をしたことは認めるが、その余は争う。事業執行者は、昭和三二年八月八日、土地収用法第三五条の規定による土地物件調査(土地測量を含む。)をし、その結果に基づき本件土地物件調書を作成したが、その際原告らが立ち会わなかつたので品川区長に立会を求め、調査の結果に基づき本件土地面積を一四坪〇合三勺と確定して同法第三六条、第三七条の規定による土地物件調書を作成したのである。しかも土地収用法第三六条第三項、第三八条によれば、土地所有者ならびに関係人は、同法第三六条、第三七条の規定によつて作成された土地調書ないし物件調書の記載について異議があつても、その内容を当該調書に附記しなければもはや調書の記載が真実に反することを立証しない限り異議を述べることができないのに、原告らは単に本件土地調書の記載が真実と異なると主張するだけで、右土地調書の記載に異議あることを附記したこともなく、また真実に反することを立証したこともないのであるから、事業執行者が本件土地調書に基づいて本件裁定および裁決の申請をしたことになんらの違法もない。

(三)の主張中、原告らが被告東京都収用委員会に対し本件土地面積が真実に反すると述べたのに、同被告がこれをいれずに裁決をしたことは認めるが、その余は争う。

(四)の主張は争う。本件土地面積は実際にも一四坪〇合三勺である。また原告らは本件土地面積について、被告建設大臣に対してはなんら異議を述べたことがなく、したがつて土地調書記載の土地面積が真実に反することを立証したことがないし、被告東京都収用委員会に対しては異議を述べたけれどもいれられなかつたこと前記のとおりであるから、本件裁定および裁決にはなんらのかしもない。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、当事者間に争いのない前提事実

原告謙一は、品川区大井権現町三九四六番の九宅地二四坪七合二勺(公簿上の地積)を、原告謙一の妻原告き恵は右土地の借地人として同地上に本件建物をそれぞれ所有していたが、被告建設大臣は、昭和三三年三月三日、建設省東計第三二号をもつて、右宅地のうち本件土地を、昭和三〇年一一月七日同年建設省告示第一、二六七号をもつて都市計画事業として決定した本件事業の用に供する土地として収用するものとし、かつ、収用の時期を東京都収用委員会による損失補償についての裁決の日から一五日とする旨の本件裁定をし、また被告東京都収用委員会は、昭和三三年三月二〇日、同年第一号をもつて右土地収用に伴う損失補償金を、原告謙一に対しては三〇七、二五七円原告き恵に対しては一、〇七一、一四五円とする旨の本件裁決をしたことは当事者間に争いがない。

二、被告東京都収用委員会の主張する本案前の問題

(一)  被告東京都収用委員会には本訴についての被告適格がない旨の主張について

被告東京都収用委員会は、本件訴のような収用委員会の損失補償についての裁決の無効確認を求める訴は、土地収用法第一三三条第一項にいう損失補償に関する訴であつて同条第三項により起業者を被告とすべきところ、被告東京都収用委員会は起業者ではないから本件裁決の無効確認を求める訴についての被告適格を有しないと主張するけれども、土地収用法第一三三条第一項にいう損失補償に関する訴は損失補償に関する裁決の変更を求めるもので当然損失補償に関する裁決の有効なことを前提とするものであると解すべきところ、本件訴は損失補償に関する裁決の無効確認を求めるものであるから、土地収用法第一三三条第一項にいう損失補償に関する訴には該当しないものというべきである。したがつて、本件訴についての被告適格の問題も、一般の行政処分無効確認訴訟の被告適格の問題として考えれば足りるのであり、本件訴のように行政事件訴訟法の施行前から係属している行政処分無効確認訴訟の被告適格については、同法附則第八条第一項により従前の例によるべきところ、行政処分の無効確認を求める訴は従前も行政処分の取消しを求める訴に準ずる性質をもつものとして当該処分をした行政庁を被告として提起できたのであり、したがつて本件裁決の無効確認を求める訴について被告東京都収用委員会に被告適格があることは明らかである。

(二)  原告らは訴の利益を有しないとの主張について

被告東京都収用委員会は、同被告が本件裁決申請を却下する旨の裁決をすべきところを誤つて損失補償額について裁決をしたとしても、それにより原告らの権利は侵害されたことにならないし、また裁決の無効確認を求めることにより原告らはなんらの利益をもうけないと主張する。しかし、行政処分の無効確認を求める訴の存在理由は、原告の法的地位にかかわる行政行為が無効な場合に表見的には存在する当該行政行為の効力を除去するため、判決によつて無効な行政行為によつて表見的につくり出された法律関係の存在しないことの確認を得て、原告の法的地位についての不安を取りのぞくことにあるとすれば、原告らは、原告らに対してなされた本件裁決(しかも、前記のように、本件裁定は本件土地の収用の時期を本件裁決の日から一五日とする旨定めているから、この点でも、本件裁決は原告らの法的地位にかかわるといえる。)の無効を主張してその無効確認を求める訴の利益を有するものとみるべきである。

三、本件裁定および裁決の効力

(一)  本件裁定および裁決は土地収用法第四〇条の協議の成立を無視してなされた裁定および裁決申請に基づくから無効であるという主張について

(1)  土地収用法第四〇条の協議は同法第三三条の規定による土地細目の公告がなされた後に行われるべきものであるところ、本件土地につき土地収用法第三三条の規定による土地細目の公告がなされたのは昭和三二年七月二三日であることは当事者間に争いがないから、その後の協議のみが同法第四〇条の協議としての意味をもつことはいうまでもない。しかも、同一土地について二回以上協議が成立しそれぞれの法的効果を同時に併存させうるということは論理的にみて不能であるといわざるを得ない。したがつて、原告らは、昭和三一年二月末ころ、昭和三二年七、八月ころ、昭和三二年一〇月ころの三回にわたり協議が成立したかのように主張しているけれども、これは結局任意譲渡交渉の途中で成立した協議がその後順次変更(法的には、一旦成立した協議の合意解約と新たな協議の成立の繰返しとみるべきであろう。)され、昭和三二年一〇月ころ、土地収用法第四〇条の協議が成立するに至つた旨の主張と解するほかはない。そこで、右のような見地から、以下において原告らの主張を検討する。

(2)  事業執行者は、すでに昭和三〇年二月ころ本件土地の面積を一四坪〇合三勺とし、これを本件事業に必要な土地として収用の対象とする旨原告らに申し入れたが、原告らは本件土地の面積は一四坪〇合三勺ではなくて一四坪四合五勺余であり、この食い違いは、残地面積からみて、事業執行者が本件土地を含む一筆の土地の面積が二四坪七合二勺あるのにこれを二四坪であるとしていることに由来するのであると主張し、この点については、その後の交渉を通じ最後まで折り合いがつかなかつたことは当事者間に争いがない。(もつとも、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和二九年一〇月ころ東京都第二建設事務所係員が本件土地を測量に来た際には、本件土地を含む一筆の土地の面積が二四坪(間口三間、奥行八間)であることを認めていたことが認められる。)補償金についても、事業執行者は前記昭和三〇年二月ころ、原告らに対し、合計一、〇三三、二一六円を提示したが、原告らの承諾を得られなかつたので、昭和三一年中に補償金額の追加(但し、その額が五〇〇、〇〇〇円であつたか、それ以上であつたかについては争いがある。)を申し出たことについては当事者間に争いがないが、原告らの主張三の(一)の(2)の主張のような合意が成立したことについては、この点に関する甲第八号証の一、二中原告謙一の各供述記載および原告謙一本人尋問の結果は信用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない(成立に争いのない甲第六号証には一見合意が成立した旨の原告らの主張にそうようにみえる記載があるが、成立に争いのない甲第五および第八号証の各一、二ならびに証人佐藤九郎、中島揚進の各証言とあわせ考えれば同号証は合意の成立を認定するに足りる資料とはいえない。)。かえつて、右甲第五、第八号証の各一、二及び右両証人の証言によれば、原告らと事業執行者との交渉中に原告き恵が本件建物に居住させた森田寛美を立ちのかせるための費用が右追加補償額に含まれているかどうかについて、原告らと事業執行者との間に意見の食い違いがあつて、合意に至らなかつたことが認められる。また、昭和三二年七月ころから九月ころまでの間事業執行者は、本件土地、建物の値上りを考慮して再評価し、その結果を原告らに告げて原告らと協議したことは当事者間に争いがないが、前記甲第八号証の一、二、証人佐藤九郎、同中島揚進の各証言ならびに原告謙一本人尋問の結果を綜合すると、事業執行者は右再評価の結果に基づき、一、五五〇、〇〇〇円の補償額を提示したところ、原告らは右金額に前記追加補償分を加算した金額を補償すべきであると主張し、事業執行者はこれを加算すべきではないと主張して、結局協議は成立しなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上要するに、左記昭和三二年一〇月ころまでの間に協議が成立したことを認定することはできない。

(3)  さて、原告らは、昭和三二年一〇月ころ、事業執行者の職員東京都建設局建設部長佐藤九郎と協議の結果、原告らの主張三の(一)の(4)のような内容の協議が成立したと主張する。しかし、土地収用法第四〇条の「協議」の成立には収用手続を終結する効果が附与され、成立した「協議」は、「協議の確認」(同法第一一六条ないし第一二一条)をうれば確定力を与えられ、同法第四八条第一項の規定する裁決と同一の効力を生ずるに至るのであるから、「協議」が成立したといえるためには、少くとも「協議の確認」を得られる程度の、したがつて土地収用法第一一六条第二項所定の事項について完全な合意があり、かつその内容は収用委員会が協議の確認の申請を受けた場合同法第七章の規定に適合するかどうかを判定するについて審理または調査をする必要のない(協議の確認は、裁決の手続とは異なり審理または調査の手続を経ないで行うものである。)程度の明確さをもつものであることを要するものと解せられるところ、原告らは前記土地収用法第一一六条第二項所定の事項のすべてにわたつて合意があつたことを主張していないうえ、原告らが成立したと主張する協議の内容は収用の対象となる本件土地の面積を確定する手続を爾後に残し、この点についての争いの解決を将来にもちこすものであるから、右に述べた「協議」成立の要件を具備しているといえないことは明らかであり、かりに原告ら主張の内容の協議が成立したとしても、これをもつて土地収用法第四〇条の協議が成立したということはできない。のみならず、原告らの主張する事実の存否について考えてみても、昭和三二年一〇月ころ原告らと東京都建設局建設部長佐藤九郎との間に本件土地収用問題についての交渉があつたことは当事者間に争いがないが、原告ら主張の合意が成立したことについては、この点に関する甲第八号証の二中原告謙一の供述記載および原告謙一本人尋問の結果は信用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、成立に争いのない丙第五号証の一、二、第六号証、証人佐藤九郎、同中島揚進の各証言を綜合すると、前記のように、再評価の結果に基づく補償金額に昭和三一年に提示された追加補償額が加算されるべきかどうかにつき原告らと事業執行者との間に主張の食い違いがあつたので、昭和三二年一〇月ころ原告謙一は右佐藤九郎を訪れ、同人と右に述べたような交渉をしたが、協議が成立するまでに至らなかつたこと、そこで事業執行者は昭和三二年一一月二九日付同月三〇日到達の協議書により回答期限を一二月一〇日限りと指定して原告らと書面による協議を試みたが、原告らはこれに応じなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(4)  右のような次第で、協議の成立を前提とする原告らの主張三の(一)の主張は理由がない。

(二)  本件裁定および裁決は事業執行者に対する収用土地面積についての訂正ないし再調査請求および土地調書の記載についての異議申立てを無視してなされた裁定および裁決申請に基づくから無効である旨の主張について

原告謙一は、事業執行者に対し、昭和三〇年五月ころから本件土地の面積は一四坪〇合三勺ではなくて一四坪四合五勺余である旨主張して土地面積の訂正ないし再調査方を申し入れたこと、本件土地収用に関して作成された土地調書には本件土地の面積が一四坪〇合三勺と記載されていること、原告謙一は右記載が真実に反するとして事業執行者に対し異議を申し立てたこと、事業執行者が原告謙一の右主張を容れず本件裁定および裁決申請をしたことは当事者間に争いがない。しかし、成立に争いのない丙第四号証の一によれば、本件土地調書は、その作成に際し、原告らが立会を拒否したため、品川区吏員河原崎松平の立会と署名押印を得て土地収用法第三六条および第三七条の規定によつて作成されたものであることがそれぞれ認められる。そして、土地収用法第三六条第三項、第三八条によれば、土地所有者および関係人は、同法第三六条、第三七条の規定によつて作成された土地調書ないし物件調書の記載について異議があつてもその内容を当該調書に附記して署名押印をしなければもはや調書の記載が真実に反することを立証しない限り異議を述べることができないことになつている。しかるに、原告らは、本件土地調書の記載が真実でない旨の異議を調書に附記して署名押印をしたことは主張していない(そして丙第四号証の一によれば、原告らはなんら異議の附記をしていなかつたことが認められる。)。したがつて、原告らとしては、本件土地調書の記載が真実でないことを立証しない限り、異議を述べることは許されないところ、原告らが事業執行者に対し本件土地調書の記載が真実に反すると主張したことについては前記のとおり当事者間に争いがないけれども、真実に反することを立証して異議を述べたことを認めるに足る証拠がないから、本件裁定および裁決が右土地調書を添付してなされた裁定および裁決申請に基づいてなされたからといつて無効といえないことはもちろん違法ということもできない。そして、このことは本件のように原告らが事業執行者に対し土地細目の公告前から土地面積の訂正、再調査方を要求していた場合でも同様である(原告らとしては土地調書作成の際土地調書に異議を附記すべきであつた。)。

(三)  本件裁決は原告らの異議申立を無視し真実に反する土地調書記載の面積を基礎として漫然なされたから無効である旨の主張について

原告らは、被告東京都収用委員会に対しても本件土地調書記載の土地面積が真実に反すると述べたことは当事者間に争いがないが、原告らが真実に反することを立証したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて成立に争いのない甲第八号証の一、二、第九号証によれば、原告謙一は被告東京都収用委員会の審理に出席し「本件土地の面積ははつきりわからないが、一筆全部で二四坪七合二勺あり奥行は八間あることに間違いがないから、間口は三間九厘となるはずである。だから間口を訂正してほしい。」旨述べ、土地の測量を希望したにとどまり、本件土地調書記載の面積が真実に反することを立証しなかつたことが認められる。したがつて、被告東京都収用委員会が本件土地調書を基礎として本件裁決をなしたとしても、裁決が無効であるということはもちろん違法ということもできないことは前同様である。

(四)  本件裁定および裁決は真実に反する収用土地面積につきなされたものであるから無効であるという主張について

この点については、かりに原告ら主張のとおり本件土地の面積が一四坪〇合三勺ではなくて一四坪四合五勺余であるとしても、このような事実は前記認定の諸事実に徴し本件裁定および裁決についての重大、明白なかしということができないから、損失補償に関する訴により損失補償の増額を求める事由たりうることは格別、本件裁定および裁決を無効たらしめるものではないというべきである。

(五)  以上述べたところにより、本件裁定および裁決には重大明白なかしがあるから無効であるという原告らの主張はいずれも理由がない。

四、むすび

よつて、原告らの被告建設大臣に対する請求および被告東京都収用委員会に対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 田嶋重徳 小笠原昭夫)

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